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石巻簡易裁判所 昭和41年(ろ)13号 判決 1967年1月13日

被告人 I・Y(昭二一・三・一生)

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実の要旨は、被告人は昭和三九年一〇月○○日午前二時三〇分頃仙台市○町○○○番地先道路において、軽四輪自動車を無免許運転した、というのであつて、右事実は被告人も認めているし、その他の証拠も充分である。

しかし被告人は昭和二一年三月一日生れで、右犯行当時は一八年七ヵ月の少年だつたのである。従つて本件が検挙後(本件は警察官の現認により即時検挙されたものである。)遅滞なく処理されたならば、少年法第四二条により当然検察官より家庭裁判所に送致され、同裁判所の保護処分もしくは保護的措置を受けることにより終局したかもしれず、必ずしも刑事処分に付されるとは限らなかつたのである。少年の刑事事件については現行少年法がいわゆる家庭裁判所先議の建前をとつており、家庭裁判所が刑事処分を相当と認めて検察官に送致しない限り検察官が刑事裁判所に公訴を提起することはできないことはいうまでもない。ところが、本件が所轄警察から検察官に送致されたのは、犯行後約一年八ヵ月を経過し、被告人が成年に達した後である昭和四一年六月二二日であり、検察官は右送致にもとずき同年七月一八日本件公訴(略式命令請求)を提起したものであることは、一件記録上明白である。このようなことは前記のような少年法のとつている家庭裁判所先議の大原則をみだすとともに、被告人に対し、家庭裁判所の保護処分もしくは保護的措置を受けることにより刑罰に処せられることを免れる利益を奪うことにもなる(もつとも保護処分の決定には一事不再理の効力があるが、不処分や審判不開始の決定にはそれがないとされているけれども、家庭裁判所において不処分、不開始で終局した事件につき検察官が敢えて公訴を提起することは多くの場合妥当ではなく実際上も極めて稀にしか行なわれていないのであるから、不処分、不開始の場合でも少年に事実上刑罰を受けずに済む利益を与えるものであるのみならず、本件のように家庭裁判所を全く経由していない場合には、既に不開始、不処分の決定がなされている場合と異なり、保護処分がなされ、その一事不再理の効力により起訴が遮断される可能性があつたことを否定できない。)のであるから、それをやむを得ないものとして是認させるに足る何らかの特別の事情がない限り許されないところであるというべきである。そして右にいう「特別な事由」の存否は、当該少年が成年に達するまでの残期間の長短と、右期間内に捜査を完了することを不可能(ないし著しく困難)とするような事情(事案の複雑性、重大性、犯人や重要参考人の所在不明、重病等による取調不能、その他当該事案に固有の要素ばかりでなく、捜査機関の事件処理能力には人員、予算等の制約から来る一定の限界があることも、現実の問題としては考慮に入れざるを得ないであろう。)の存在との相関関係において、事案ごとに慎重に判断されるべきものである。

そこで本件の警察における処理が前記のように遅延した事情を検討するに、仙台中央警察署巡査庄司喜昭作成の「捜査に関する経過報告書」と題する書面と起訴状に引用の交通事件原票の記載によれば概ね次のとおりである。被告人は仙台北警察署の警察官に本件無免許運転を現認され、即時検挙されたのであるが、本件は所謂交通切符制により処理すべき事件であつたので右警察官は右切符用紙に所要事項を記入し、被告人に対し常駐警察官及び検察官の取調べのための出頭日時と場所を告知しようとしたところ、被告人から近日中に東京方面に働きに行く予定で、東京での住所は未定であるが、そのうちまた住居地に戻つて来る。との申出を受けたので、それでは戻つて来たら直ちに警察に連絡せよと指示しただけで、結局出頭日時場所の告知をしなかつた。ところがその後被告人からは何らの連絡もなかつたので昭和四〇年八月頃に至り仙台北署の係官から被告人が検挙の際申告した住居地である仙台市○○○○○×の○○にあてて呼出のはがきを発送してみたところ、右はがきは戻つて来なかつたので配達されたものと思われたが被告人は出頭せず、更に同年一二月にも同所あてにはがきによる呼出を試みたが、やはり被告人は出頭せず、その後本件は仙台北署から新設の仙台中央警察署に引継がれ、被告人が成年に達した後の昭和四一年四月初旬に至りはじめて前記住居地を管轄する警察官駐在所を通じて所在調査をしたところ、該当者を発見できなかつたので交通事件原票の保護者欄記載により宮城県枝生郡○○町○○××居住の被告人の父I・Tにつき、石巻警察署に依頼して調査したところ、被告人は保護者方に帰住していることが判明したので、同年六月二二日本件が仙台区検察庁に送致され、次いで石巻区検察庁に移送されたのである。一方被告人の本件犯行後の動静は、被告人及び証人I・Tの当公廷における供述によれば、次のとおりである。

被告人は検挙された当時は前記仙台市内○○○のアパートに住み、キャバレー「○○」のバーテンをしていたが、検挙後間もなく東京へ行き数日滞在して帰仙し、約二ヵ月後に別のキャバレーに勤めを変え、その頃住居も移転したが警察に対しては何ら連絡をせず、また右移転にあたり○○○のアパートの管理者に移転先を告げることもしなかつた。(なお被告人は、自分を検挙した警察官に対し、近く東京へ行くと言つた記憶はあるが住所が定まつたら連絡せよと指示された記憶はないというが、警察官が道路交通法違反被疑者を検挙しながら、出頭日時場所の告知もしくはこれに代る何らかの方法をとらないことはあり得ないから、被告人が忘れているものと認められる。)また被告人は当時保護者に対しても必ずしも所在を逐一明らかにしていたことは認め難いが、しかし遅くとも昭和四〇年秋頃(被告人の供述によれば同年六月頃)には郷里の○○町に帰り、母(前記I・Tとは離別している。)の経営するバーの手伝をして今日に至つているのである。

以上の認定によつてみれば、本件はごく単純な無免許運転の事案であつて、その処理が遅れた唯一の理由は所轄警察に被告人の所在が判明しなかつたためであり、そのことについては、被告人の側にも多少の責任があることは否定できないがそれにしても、仙台北署の担当者が、被告人からその住居地についての連絡があるのを待ち、結局何らの申出に接しないままに約一〇ヵ月を徒過しその間積極的に被告人の所在を調査した形跡がないばかりか、被告人が検挙当時申告した住居あてに一片の呼出さえしていないのは、日々発生する交通事件がいかに多数に上り、警察がその処理に忙殺されているとしても、聊か怠慢のそしりを免れないのではあるまいか。仮に百歩を譲り、この程度のことを一がいに責めるのは酷に失するとしても、少年事件については元来その少年が成年に達する前にできるだけ処理しなければならない要請があることは前述したところから明らかである上、本件は検挙当時の事情からしても被告人が交通切符記載の住居に居住している公算は少なかつたのであるから、被告人が呼出に応じて出頭せず、しかも事件後一年に近く、年令超過の時期も次第に切迫して来た昭和四〇年秋以後において急いで所在調査に着手し、交通切符記載の住居地ばかりでなく、同切符記載の保護者I・Tについても被告人の所在を照会をする位のことは当然試みるべきであるとするのは、果して難きを強いるものであろうか。当裁判所は断じてそうは考えない。そして前認定の事実からすれば、もし時機を失することなく右措置をとつてさえいれば、被告人が帰郷していることは容易に判明し、本件を同年三月一日以前に処理することは充分に可能であつたと考えられるのである。そしてまた、右のような事実関係の下においては、警察署の新設に伴う事務引継の繁忙の如きはもとより本件の捜査手続の遅延を正当化する理由とはならない。してみれば、本件が家庭裁判所に送致されなかつたことをやむを得ないものとして許容すべき特別の事情は到底認め難いといわなければならない。

もつとも、警察から検察官に本件が送致された時には、被告人は既に二〇歳に達しており、本件を家庭裁判所に送致することはできなくなつていたのであるから検察官がこれを起訴したことについては、当不当の問題は別として、何ら違法のかどはないようにも見える。しかし上来る説したように、少年の刑事被疑事件は家庭裁判所を経由すべきが本来の原則なのであるから、右原則によることが可能であつたのにこれによらなかつたという、公訴提起の前段階として必要不可欠な事件送致手続の違法は、公訴提起行為自体の効力に影響し、これを無効ならしめるものと解すべきである。この点は、身柄拘束の手続や証拠収集の手続等の派生的手続の違法が公訴提起の効力に影響しないと解されているのと同日に論ずることはできないと考える。そしてまた、わが刑事訴訟法はいわゆる起訴強制主義をとつているわけでもないのであるから、検察官としては警察からの事件送致が遅れた事情を慎重に調査すべく、右遅延につきやむを得ない事情が存しないのに公訴を提起したときは、右公訴提起は刑事訴訟法第三三八条第四号にいう「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」に該当すると解する。そうとすれば本件公訴は右法条によりこれを棄却すべきものである。

なお、附言するに、被告人は昭和三八年頃自動車の窃盗とその無免許運転の非行により少年鑑別所に収容された前歴があり、従つて本件が正当に家庭裁判所を経由しても結局刑事処分が相当であると判断され、再び検察官に送致されたかもしれないがしかしそのことは何ら右結論を左右するものではない。家庭裁判所は右前歴の故に被告人に対し保護観察等の保護処分を選択したかもしれない(その場合には前記のように一事不再理の効力がある。)のみならず、何よりもまず少年の刑事事件の処理につき法の定める手続上の筋道をみだすことを是認するに足りる事由があるかどうかが問題なのであつて、ひとり本件被告人の利益だけの問題ではないのである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井登葵夫)

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